木村佳代子絵画展〜宙の華〜2016/09/04

木村佳代子絵画展〜宙の華〜
今日はZABADAK「ここが奈落なら、きみは天使」のジャケットに作品を提供してくださっている画家の木村佳代子さんの絵画展を見に日本橋三越まで行きました。
最近ひとりの遠出が苦手になっているので(区外は遠出になっちまってます)ちょっとドキドキでした。
地下のお菓子売り場のまばゆさに目をぱちくりです。
今年のバレンタインに吉良くんとそうたろうに買ったチョコレートのお店の前でううう、となってしまいましたが、気を取り直して6階へ。

最初に木村さんの作品を見たのは銀座のギャラリーQで、兄のグループ展で一緒に出品していらしたのでした。芍薬の絵に一目惚れして以来、出来る限り拝見しています。緻密で美しい木村佳代子ワールドにひたり、吉良君が気に入っていた蓮の絵を見られて満足。そして思いがけない縁も感じられた、嬉しい日になりました。
今日は吉良くんの月命日でした。

絵画展は6日までです。
来年一月に木村佳代子さんの大きな絵画展があるらしく、そちらも楽しみです。
*画像はFacebookイベントページからDMの画像をお借りしました。

吉良家のごはん7/22016/07/15

吉良くんがSNSで虫採りにいってた写真をアップしていましたが、虫採り大谷原行きは6/30〜7/1のことでした。
7/2に採集してた虫の展脚をしていました。
成果を知りたい方もたくさんいらっしゃると思うので、そのうちにその標本写真をアップします。
虫の嫌いな人はゴメン。
なので今日はゴハン写真を。

私は自分の作ったごはん写真を結構記録して撮ってたんです。
7/2の夜ゴハンは吉良くんが好きなエスニック料理でした。
コドモと3人でバジルチキンソテー(野菜いっぱい)、辛いチキンサラダ(代々木の「アンコール・ワット」というお店の真似です)、コーンの炊き込みゴハンの夕食。このコーンゴハンは、おかざき真里さんがTwitterにレシピをアップしていたので初めて作りました。
吉良くんは美味しいもの食べると身体が左右に揺れるのです。わかりやすい。この日もバジルチキンソテーを一口食べて「うん!」って言って揺れてました。

みんなに「ちゃんとゴハン食べてね」って心配されてますけれど、今朝はコドモとゴハンたべました。みんなもちゃんとゴハンたべようね






いわき湯本温泉月まつり2015/10/11

小峰公子、清水いわき市長、白崎映美
昨日は、法事で母の生まれた須賀川市に行きました。
親戚のおばさまから「最近ブログ書いてないね」って言われてしまった。
すみません、最近はFacebookばっかり。
アサブロは写真のアップがちょっと面倒なので、つい怠けてしまっております。

いわきに行ったときのこと、書きました。
一部転載します。
https://www.facebook.com/koko.komine/posts/958063927573258?pnref=story

いわきに引っ越したばかりの時に、おとなりの庭に近所の人がたっくさんあつまってジンギスカンをしました。いわきって芋煮会でなくてジンギスカンって文化があるんだ〜って軽くショックだったものです。そこで初めて羊の肉を食べました。隣のおばさんが一升瓶に何本も自家製のタレを作ってくれていて、そのおいしかったこと…
というわけで、湯本温泉の月まつり焼き肉大会、なんと今年で、53回目だそうです。
最初は会場は山の上だったそうですが、現在は湯本駅前の駐車場を封鎖しまして盛大に行われています。
会場にはゴザがだだだーーとひかれ、そこに七輪がどあああああと並びます。800人規模の焼き肉…
4人で一つの七輪を囲みます。家族や会社やいろんなグループで、椅子やひざ掛けやら持ってきてみんなテンション高いです。
参加者にはお肉と野菜をパックにしたものがいただけます。それを「使い捨てジンギスカン鍋」で焼きます。
そんなのあったんだ〜って映美ちゃんとびっくり。
スタッフの方々のサービスがまたマメで、炭を足したり鍋を替えてくれたり、至れり尽くせりですよ。
さすが温泉という観光資源を大事にしてきた地域ならではの心配りですね。
熟女たちの踊る(一部若い方も)炭坑節、この日デビューだという念仏踊りのグループなど、地元の芸能も堪能できました。
閉会とともにみなさん街に繰り出すようで、どこの飲み屋さんからも賑やかな声が。

今回もクイーンの加藤さん、こいと旅館のこいとさんには大変お世話になりました!
来年はいっぱい友達連れていきたいなあ〜

ちなみに写真で私と映美ちゃんにはさまれてるのはいわきの清水市長さん。

「ここが奈落なら、きみは天使」ツアー終了2015/08/13

東京キネマ倶楽部と神戸チキンジョージでの「ここが奈落なら、きみは天使」ツアー、無事に終了しました。
おいでくださった皆様、スタッフの皆様、そしてミュージシャンのみんな、ホントにありがとうございました。

東京はタダナラヌ気迫があり、神戸は「ホーム」とも言えるチキンで、文字通りアットホームなリラックスしたステージだったかな、と思います。

まあ、いろいろじこはありましたけど…

楽しかったね、またやりたいくらい!!

今回は衣装も好評でした。
私のヘッドドレスと吉良くんの羽根のモチーフは、「白崎映美&東北6県ろ~るショー!!」でお世話になっている仲村ゆき子さんに製作していただきました。

また写真アップします!

写真:野方英樹

相馬二遍返しによせて2015/07/01

伊達と相馬の境の桜の前で・吉良知彦
 これまでもブログなどで書いてきたことですが、zabadakで演奏している福島の相馬民謡「相馬二遍返し」についてのあれこれを書き留めておきます。

 わたしは、福島県に生まれ、原発問題は遠いものではありませんでした。80~90年代には反原発運動の集会などに何度か足を運んだのですが、それは私が考えていたようなものとはちょっと違っていました。反原発運動なのに「三里塚」のノボリなども見られました(時代感…)。いわゆる「市民運動家」みたいな方のもとで、大勢でハチマキをして一丸となって拳をあげるのには結局馴染めず、すごすごと帰ることになるのでした。でも、核廃棄物処理の問題が解決しないまま原発を作ってもいいのかな、という疑問は消えませんでした。色々考えるうちに、当時の私は、音楽のなかでその気持を表現していくことにしようと思ったのでした。私に出来るのは「運動」じゃなくて「音楽」だから。Twitterなどで個人的な発信ができる現在とは事情が違っていました。
 karakというバンドで1991年にデビューしたのですが、1stアルバムのテーマは「核戦争後の世界」でした。「自然にあるものだけで満ち足りる素晴らしさを歌いたい」と、インタヴューやパンフなどで折に触れて言い続けてきました。自然の美しさを知るほど、失う怖さも知るはず、との思いでした。zabadakに詩を書くときも、それは変わりませんでした。デビュー前には、いろいろなレコード会社のディレクターから「自然現象なんて歌ってどうするの」「主語がない」「ユーミンみたいなラブソングをかけ」等、散々言われましたが、私の姿勢を理解してくれるディレクター石黒さんと、好きなように歌詩を書かせてくれるzabadakに出会えたのは幸せでした。(その後は「小峰さんのあの『おっきい系』で書いてください」とオーダーがくるようになりました。)

 東日本大震災翌年に演劇とコラボした舞台「ココニオイデ」では、福島の方言だけで詩を作り、朗読しました。「自然にあるものだけで満ち足りる素晴らしさを歌いたい」という気持ちは、震災後も変わることはありませんでした。

 どこからだって やまがみえでだがら 
 やまに なまえがあるって わがんねがった 
 うぢからみえでた あのやまは 
 なんちゅう やまだったんだべ

で始まる「やま」、そしてわたしの子供時代、お盆に、東白川郡塙にある父の実家にお墓参りに行った日の思い出を詠んだ「夏の日」という作品、阿武隈、安積、磐梯、などの「難読地名」を音で遊ぶ作品などを作りました。悲惨な様子や問題提起など一切なしに、美しい風景だけを描きました。(この詩がきっかけで、のちのガイガーカウンター・ミーティングに参加することになったのも、不思議な縁です)

 その後、柳家小春さんと高円寺の不思議CDショップ、円盤でご一緒する機会がありました。小春さんはとっても魅力的な声で端唄を主に歌っている、すてきな方です。私が福島出身ということで「福島民踊を歌いましょう」と、「相馬二遍返し」を小春さんが歌った音源を送ってくださいました。改めて聴いて(ちゃんとは歌えなかったけど、お囃子などは知っていました)そのメロディと、歌詩に心が震えました。
 この相馬二遍返しも、美しい風景だけを歌っています。争い事の種になる境界に桜を植えている相馬の人たちの心意気を、その情景で詠みこみ、野馬追いの楽しさ勇壮さ、その祭りの充足感を「ほどのよさ」という言葉に込めていること、すべてがわたしのこれまでの詩作と、福島との関わり方に共通していて私にはこれこそ「復興の歌」だと思えました。
 しかも、このうたが出来たきっかけを調べると、驚くことがたくさんありました。18世紀末の天明の大飢饉の折、相馬の人口は2/3に減ってしまいました。立て直すために、引っ越してきてもらおうと、「こんなに相馬っていいところだよ」と、この歌をPRソングとして歌ったのだそうです。当時藩を移ることは禁じられていておおっぴらには宣伝できなかったため、主にお坊さんたちが中心になって新潟や富山方面に拡めたのだそうです。年貢の軽減や、住居の提供などの対策もして移住は進み、やがて石高は飢饉の前の1.5倍にまで増えたとのこと…。
これは今こそ歌わなければ、という気持ちがより強くなりました。

 小春さんと最初に歌った時はかなりシンプルに三味線とギターで演奏しましたが、彼女が紹介してくれたurlのなかに中村力哉さんという方がすてきなコードを付けたピアノの「相馬二遍返し」の動画がありました。
https://www.youtube.com/watch?v=p6H0qKweDIk
 コードを持たない民謡に新たな拡がりを加える、素晴らしいアレンジです。しかも、とかくこういった和ものは、お手軽で安易なアレンジが氾濫している中、高い力量とメロディに対するリスペクトが一聴して解ります。吉良知彦はいっぺんでこのコードをすっかり憶えてしまったそうです。私達のようなロック畑のミュージシャンには、民謡はとっかかりのないものに思えてしまうのですが、この作品との出会いで、民謡をまったく新しいものとして演奏する扉が開かれました。

 先日、中村力哉さんにお会いすることができました。どうしてもっと早く連絡を取らなかったのかと、自分の怠慢を恥じました。中村さんは「一粒のちから」という、被災地の民踊をアレンジする取り組みをされていることを知りました。被災地に対する思いが強く伝わり、軽い気持ちで「歌って応援」のようなことではない、誠実な意志を強く感じ、感銘を受けました。ぜひこちらもお聴きください。

中村力哉さんのブログ
http://rikiyapiano.cocolog-nifty.com

一粒のちから:ピアノで織りなす東北民謡
https://www.youtube.com/playlist?list=PL4E1D9AFF41848737

 zabadakで演奏するにあたって、これは天明の大飢饉のあとの「移民の歌」だからレッド・ツェッペリンの「移民の歌」テイストを入れたいと言い出したのは私で、最初はモロそんな感じで演奏していましたが、「ここが奈落なら、きみは天使」に収録したアレンジはまた違っています。レッド・ツェッペリン風味は変わらずですが、ベースラインもギターも「プログレナイト2014」収録の音源よりもさらにハードになっています。篠笛は星衛さんにお願いしました。歌は、古くからの友人である民謡歌手の木津かおりさんにご指導いただき、それをまた私風にして歌っています。


 zabadakは過去にも上野洋子ちゃんが「椎葉の春節」をアイリッシュ風にアレンジして、それをしかもシングル盤でリリースしていますが、それに続き二回目の日本民謡への挑戦です。ぜひ多くのみなさんに聴いていただけますことを祈っています。

*写真は伊達と相馬の境の桜を昨年訪れた際のもの。桜は新たに植えられたものだそうです。

出版から一年経ちました2015/03/16

昨日で「いちから聞きたい放射線のほんとう いま知っておきたい22の話」を出版して1年になりました。

福島や放射線のことを扱う作品を作るには相当の覚悟が要ります。
匿名でRTとか批判(批判ならまだいいかな)をするのとはわけが違います。
本ではしれっと質問していますが、放射線やリスク学の専門家の講演会や勉強会に通い、私なりにたくさん勉強しました。
いわゆる「風当たり」もとても考えました。しかし、放射線のわかりやすい本がなかった頃ですし、今やらなくちゃいけないことなんじゃないかという思いは一層強くなり、覚悟を決めて取りかかりました。

結果、よく「(ネットで)変なのに絡まれない?」と訊かれたりしましたが、そういう嫌な思いはしませんでした。いろいろな方に出会えて、いいことが多かったかな。読んでいただければわかると思いますが、一般的な考え方はこうですよ、ということしか書いてないので菊池さんのワイルドな舌鋒を期待(?)した方は「ええええ、こういう本になったの?」っていうびっくりの仕方だったみたいですね。
オピニオン本にはしたくなかったし、私的な話はまえがきと、最後の章の私の文章にとどめました。

最近「ふくしまからきた子 そつぎょう」という絵本が出版されました。
その絵本作家、松本春野さんの「3.8 NO NUKES DAY 反原発統一行動」でのスピーチを読みました。
http://www.harunomatsumoto.com/blog/2015/03/38-no-nukes-day.html

その後の彼女のツイートなどを読み、一年前の覚悟が蘇ってきました。
と思っていたら、今日、松本さんが私達の本をツイートでオススメしてくださっていました。
嬉しい事です。

共著者で松本春野さんのお父さま・松本猛さんのブログも拝見しました。

「『福島』と一言で括ることの怖さを、福島に通うなかで何回も感じました」
http://urx.nu/irQT

福島に何度も通った方ならではの視点です。
松本さんの書かれている通り、津波と地震の被害で被害を受けた方がたくさんらっしゃいます。
「運動」に目を向ける方々は、時としてこの災害の復興からなにかを奪ってはいないでしょうか。
「忘れるな」「風化させてはいけない」という言葉も、使われ方によっては、私には痛みと恐ろしさを突きつける言葉、癒えない傷を負わせ続ける言葉だと思えることが度々あるのです。


追記
*わたしは80~90年代あたまくらいに反原発運動にすこし参加していましたが、そのこともあって、自分にできる表現はなにか、を探してきたことを以前ここに書いております。
http://koko.asablo.jp/blog/2012/01/09/6284755
こういう経緯があって、今回の「実際の事故」には市民運動ではなく、科学的なことに目が向いたのかもしれません。
あの時とは別の創作のかたちへ。

「本職」のzabadakの新しいアルバムもいままさにレコーディング中!です。

あけましておめでとうございます20152015/01/06

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

ファンの方に昨年末、zabadakと吉良知彦、小峰公子が2014年に行ったライヴのリスト化したものをいただきました。
なんとすばらしい資料。
それによるとzabadakのライヴは31本、その他の各々の活動あわせて、私は61本、吉良くんは83本のライヴをやっていました。
zabadakではいろんなところ、いきましたね。キネマ倶楽部でのプログレナイトのライヴ盤もリリースできました。ご好評いただいています。

個人的にざざっとみると、そのほかに白崎映美ととうほぐまづりオールスターズでは1stアルバム「まづろわぬ民」をリリース。青山円形劇場、下北沢タウンホールなど都内のほか、郡山、福島、秋田、山形、そして京都、名古屋、大阪、と地方にも遠征しました。

ラーシュ・ホルメルのトリビュートバンドBoevesは「Rock in oposition」という伝統あるプログレのフェスに参加して、ラーシュの弟さんご一家にお会いできるという幸せと、多くの方々の前で演奏するチャンスをいただきました。

昭和歌謡バンド「リンキー&オーヘン」も、こんなに長く続くとは思ってなかったねー、というくらい、みなさんから応援していただき、年末の紅白歌合戦も開催できまして、嬉しい限り。

3月に筑摩書房から「いちから聞きたい放射線のほんとう いま知っておきたい22の話」(菊池誠・小峰公子・おかざき真里著)を出版、発売3日で重版が決まりました。応援してくださったみなさま、とりあげてくださった各方面のメディアの方々、ありがとうございます。
もうすぐ4刷にいけるか?というところです。

そんなこんなで今年もまもなく始動です。
わたしの今年最初のライヴは「下田逸郎を詠ってみる会」
下田さんももちろんいらっしゃいます。
http://www.zabadak.net/information/2014/0297_20141224_live.html

翌週は「ある意味宇宙人祭り」にzabadakで出演します。
出演者がすごいことになっています!
http://www.zabadak.net/information/2014/0295_20141219_live.html

今年も楽しい年でありますように

ことしもありがとう2014/12/31

2014年ももうすぐ終わりです。ただいま絶賛おせち料理を作りちう!

一昨日の斎藤ネコカルテット忘年会ライヴ、たくさんのゲストの方とご一緒できて嬉しかったです。


写真は、来年1/30の晴れたら空に豆まいて「ある意味宇宙人祭り」でご一緒する、尊敬するアーティスト、小川美潮さんとさがゆきさんと、ネコさん。

そして昨日はその代官山はれまめで、吉良くんが出たライヴにおじゃま、こちらもたくさんのゲスト祭り!


「山羊に、聞く?」でライヴしてた知久寿焼くんがひょっこりきてくれたよー


今年は本を出版したり、zabadak以外の活動も、とうほぐまづりオールスターズやBoevesそしてリンキー&オーヘンなどなど、てんこもりでした。
ライヴで同じ時間を過ごしてくれたみなさんに感謝して、来年も楽しい年でありますよう、お祈りしております