井の頭花見ジャム! ― 2012/04/18
さいきんのこと ― 2012/04/14
なにをしていたかというと
燐光群の千秋楽いったり
西山水木さんと芝居見に行ったり
zabadakのリハしたり
テヨとゴハン食べに行ったり
近江八幡での新居昭乃ちゃんのライヴに
濱田理恵ちゃんと連れ立って見に行って
その後近江のごちそうをたくさん頂いたり
京都をぶらっとしたり
爆弾低気圧でひどい目にあったり
串本で貝を拾ったり
翌日ネコかるのゲストにでたり
コドモの入学式があったり
向島ゆり子さんのお宅に伺って
佐々木絵実さんと諸々画策したり
来日されてる三宅純さんとフランス大使館の方とお会いして
大いに酔っ払ってしまったり
水木さんと再演のはなししたり
ちょっと熱が出て家にいたり
でした。
あしたは
花見ジャム
http://blog.livedoor.jp/kutaja/
ご近所の方、ぜひ。
「ココニオイデ」終了! ― 2012/03/27
「ココニオイデ」にいらしてくださったみなさま、
ありがとうございました。
たった二日間の公演でした。
人前で朗読するのも、散文詩を発表するのも、
そして自分で公演を打つのも初めて。
西山水木に絆されて(なすりあい)ここまで来て、
多くの方に支えていただいて無事に終了しました。
舞台監督の村田さん、
優しい気配りで大人気でした。
脳味噌絶賛沸騰中のわたしに、ほっこりする声が
どれだけ嬉しかったことでしょう。
照明の千田さん、いつも美しいアカリをありがとう。
千田さんのライトは「美人ライト」とよばれ
あっことライトの取り合いでした(マジ)。
いきなり頼んじゃった映像監督の甲斐くん、
字幕きっかけが多くてごめーん。
でもいつもおだやかに、そして貴重な意見をありがとう。
加藤ちかさんと、そして助手の弓野ちゃん、
弓野ちゃんは何でもにこにことハンサムにこなす、
そして酒が強いという将来が楽しみな二十代!
ありがとうね。
本多真弓さんは稽古中、代役もやってくれちゃったうえに
ずっと劇場にきてくれました。忙しい合間にありがとう。
うーちゃん、光ちゃんも子守から
制作、買い出しも手伝ってくれてさんきゅー。
そして明樹由佳!
キミは前説やってくれるなら出て欲しかったぞ!
アドヴァイスも助かったよ、ありがとう。
稽古場に来てくれて助言いただいた丸尾さん、
衣装を提供してくれたモロさんもありがとう。
ウェブ関係の小丸さんもありがとう。
キャストのみんなも愛してる。
福沢亜希子、
キミのビューチフル、語る肉体はお母さんになってますます
素敵でしたよー。美しさはチカラだ。
洪明花、
みょんのかわいい声で訊く韓国語はとってもキュート、
真面目でよく気がつく頼りになるおんなだぜ!
今度写真撮らせてね。
テヨ!
ナイーヴでクレージーでやさしい。
センスいいのはわかってたけどホントにクールだったよ。
飲み過ぎ注意!
そして私を演劇のぐるぐるに引き入れた
西山水木!
愛してるぞ(レズ疑惑再発か?)
また一緒に狂いましょう。
そしてもっともっといる書ききれない
支えてくれたみなさん、
ありがとうありがとう。
明日からはzabadakの5月のライヴに向けた
リハが始まります。
過酷で美しい日々はまだまだ続くぞ!
「ココニオイデ」稽古始動 ― 2012/03/08
http://next.an-heiwa.net/?eid=1185172
きのうは西山水木氏とみっちり稽古。
水木さんと一対一、なんて贅沢でしょう?
今回は芝居も音楽も踊りもあるんですけど
わたくし、リーディングに初挑戦するざます。
歌と置き換えればいろいろ解決するのでしょうし
そして歌なら難なく(多分)できるのだけれど
経験が無いもので、瞬時にはできない。
でもすぐに面白さにハマってしまった。
考えもしなかったことが声になって表れてくる。
さっきまで一色だったものが
どんどん色付いてくるかんじ。
もっともっと豊かなものにしたいなあ。
今日もがんばろ。
今日は稽古の後、キャストのミョンファと水木さんと
三人でツメの作業の予定。
アタマがクタクタになるのは楽しいね。
意味づけは脳味噌を疲弊させるほどの価値はない ― 2012/01/29
「雪~neiges~」をみてきました。
ヤンの以前の公演の稽古で、役者さんたちに
ヴォイス・トレーニングをさせていただいたことがあり
zabadakがパリでコンサートをしたときに
ヤンが見に来てくれたり・・
ヤンとは何年かに一度めぐりあわせる彗星のような出会いです。
ヤンの、日記のような
独白のような台本を翻訳をしたのは、
昨年フランスで出会った、若き翻訳家
オサレ王子と異名をとる平野暁人さん。
去年のパリ日記にも登場。
平野さん、てか「平野くん」がしっくりくるな。
昨日は平野くん進行でアフター・トークもあり
これがまたオオウケでした。
芝居の最後にチェーホフの言葉が引用されていました。
ちゃんと憶えてないけど
「人生の意味づけなんて意味が無いよ
それはきみのかわいそうな脳味噌を
疲弊させるほどの価値はないよ」
というような意味だったと思います。
ちょうど一年前、ある俳優さんとパリで会いました。
その後やりとりしたメールで、彼女に
「私は友人の死のあと、
もう、ものごとに意味付けをするのをやめました。
「整理する」とか「区切りをつける」とかも。」
とメールしたことを思い出していました。
私は一昨年大切な友達が自殺してから
「意味づけ」を考えるのをやめてしまった。
だから
チェーホフに
「それでいいんですよ」
って言われた気分。
(まあ、それで今頃になって混乱してる部分もあるのですが
それはこれから考えることに)
芝居のあとは青年団の役者にして翻訳者・松田弘子さん
思いがけず一年ぶりに会えた、パリから帰国中の
通訳のゆうちゃん、そして平野くん、という
翻訳家まみれのメンバーでモロッコ料理を食べて
たくさんの芝居の話。楽しかった!
(最近音楽より芝居のはなしばっか??)
昨日のブログでアップしましたが
今は3月の公演のことで
私の小さい「かわいそうな脳味噌」を忙しくしています。
これまでに脳味噌に降り積もった雪を
言葉にして出していきます。
どうか、見に来てね。
この日はあけておいて ― 2012/01/28
いよいよ始動です。
詳しくはのちほど、まず情報だけですが、
この日はあけておいて!
La Compagnie An + 小峰公子
「やま」by 小峰公子/「NaCl」by 西山水木
「ココニオイデ」by ZABADAK
小峰公子書きおろしの詩と西山水木の紡ぐ演劇空間
zabadakとソウルのカリスマ人気DJ・Jung TaeHyo
タマシイのコラボレーションを目撃せよ!
作:小峰公子(zabadak)西山水木
演出:西山水木
音楽:ZABADAK Jung TaeHyo
企画:ラカンパニーアン 小峰公子
出演:小峰公子 西山水木 洪明花 福沢亜希子
DJ : Jung TaeHyo
日時:
2012年3月24日(土)
ソワレ:開場18:30 開演19:00
3月25日(日)
マチネ:開場12:30 開演13:00
ソワレ:開場16:30 開演17:00
料金:前売 3,800円
当日 4,300円
会場:SPACE 雑遊
地下鉄都営新宿線・新宿三丁目駅 C5出口目の前
〒160-0022 東京都新宿区新宿3-8-8 新宿O・TビルB1F
URL : http://www.zatsuyu.com
E-mail : info@zatsuyu.com / TEL : 090-8846-5379
17年まえ ― 2012/01/17
よく憶えている
早くに起きてテレビをつけたら
煙の上がる神戸の町の映像
しばらくして起きてきた吉良君に
「神戸が大変なことになってる」
と言った
たしか前日ケンカしてたのだった
そんなのすぐにふっとぶ
宝塚に住んでいる友人と連絡がつかず
はらはらした
(のちに蓼科の別荘にいたとわかった)
その日のあと、新宿に行ったら
デパートには
たくさんのきれいな食べ物がならんでいた
同じ国なのにへん、と思った
現実がやけに遠くに感じた
自然災害、事故、病気
知ってる人の死
知らない多くの人の死
年を重ねるごとに
悲しい記憶の記念日が増えてしまうのは
しかたのないことだろう
おなじくらい楽しい記念日がふえて
美しかった時間を
いつも思い出せるといいのに
と思う
そうしなくては、ね
生きてるから
あの日からのこと その1 ― 2012/01/09
ところどころに書き散らし
なかなか一つに書けなかったこと
私は1991年にkarakでデビューしてからずっと
プロフィールに
「自然からもらったものだけで満ち足りることの
大切さを歌いたい」
と書いてきました。
その、私の歌詩のおおもとになったことと
そして震災の、あの日からのこと、です。
うまく書けないかもしれないから
その1、にしました。
80年代後半、反原発運動がさかんでした。
「DAYS JAPAN」を始めとする雑誌では
盛んに特集が組まれ
「朝まで生テレビ」などでも
盛んに討論が繰り広げられていました。
身内が自腹で「まだ間に合うのなら」を百冊買って
友人知人に配り、「反原発自宅闘争」をしていました。
今と同じく
電力会社と政界や財界との癒着という構造を倒そうと
あちこちで反原発集会が開かれ私も何度か参加しました。
でもそこでの「運動」は
学生運動を経た方々が中心となっているような印象で
時に「三里塚」などののぼりも見受けられました。
ハチマキをし、集会の最後に拳を突き上げて
「私たちの力で原発を停めましょう、おー」
という「運動」然としたものに
私は激しく違和感を憶えました。
海外の反原発住民運動のリーダーを招いた集会でも
参加者とのディスカッションでは
長々とした自己紹介に始まり、私的な訴えばかりで
どうにも発展的とは思えない内容に
失望したこともあります。
(現在の、実際の原発被害体験を話して
知ってもらうということとは別です、顕示欲を感じました)
集会からはいつもがっかりして帰るのでした。
そして思ったことは、
私はこの思いを作品にむけるしかないな
ということでした。
やりかたはいろいろあるだろう、と。
もちろんできる限り署名したり
といった行動はしていましたよ。
karakのファーストアルバム「silent days」のテーマは
核戦争後の世界、でした。
これは当時インタヴューでも何度か言っていましたが
タルコフスキーの「ストーカー」
「サクリファイス」などの影響も大いにありました。
アルバム最後の曲「老人と船」の歌詩は
今そのまま、福島の海の出来事のようです。
先日、地元の某テレビ局勤務の友人が
震災一周年記念(?)のイベントが
目白押しだ、と暗い声で言いました。
fukushimaやフクシマ、と
アルファベットヤカタカナ表記を冠したイベントが
きっとたくさん開かれるでしょう。
Twitterでも書いたのですが、私の出身地は福島であって
fukushimaでもフクシマでもありません。
もちろん善意には違いないとは思うのですが
私はそれらには参加する気持ちにはなれません。
音楽で得たお金を福島県の災害対策本部に寄付する。
これまでと同じ姿勢で、同じ気持で誠実に作品を作る。
そしてそれを続ける。
それが私にできることです。
現在の反原発運動は80年代とは確実に違うと思います。
情報の量がまず違います。
しかし「反原発」の名のもとに
首を傾げる様な情報や動きもあり
ネットの力もあって80年代とはまた違う危なさも感じます。
はっきりしておきますけど、私は
原発反対、大反対、です。
めざせ脱原発です。
あの日
以前から原発事故の恐ろしさを
少しでも想像していた人にとっては
まさに恐れていたこと
まさか、あの最悪のケースのシナリオ通り
地震、事故・・
Macに流れるニュースに向かって
「うわあ実際に起こってしまったなんて!!」
と叫んでしまいました。
コドモ(中3)が
「どういうこと?」というので
反原発運動のことなどを話しました。
そしてコドモから
「(80年代の運動は)失敗だったってことじゃん
ちゃんとやってれば原発事故もなかったのに」
と言われたときの胸の塞がる思いは
いつまでも消えないのです。






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